以前に新発田で講演会をされた陰山英男先生のツイッターで最近人気のつぶやきです。
子どもによっても違うし、家庭も多様化しているので、一概に言えないこともありますが、そんなこともあるのかなと。
あくまで話題として。
日本の子どもの自己肯定感が低いって問題視されてるけど、母親の自己肯定感を調べてみたらどうかな。もっと低いかも。何が母子を追い込んでいるか考えるといい。この間、経済は好調だが、その収益は企業の貯蓄と役員の報酬に回っただけ。お金は子育て世代に回さないと。これは総理だって言ってる。
— 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
自分も、自らを追い込んで、そのバネで元気出すタイプだけど、今となればあまりいい方法と思えない。ラジオや音楽などへの夢があって、へんに凝り固まらなかったから良かったけど、もっと気楽になっていたらもっと楽に子どもを伸ばせたと思う。 — 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
お気楽になるって確かに難しい。トレーニングもいる。それにお気楽になれば、それで即子どもが伸びるなら、苦労はないわけだから。大切なのは、子どもが伸びる確かな方法が分かっていれば、慌てる必要もないし。その具体例を示すのが私の仕事と思う。
— 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
なぜ学力向上かといえば、心より、体より、頭の回転を良くするのは、比較的容易だから。目の前で子どもが伸びてくれば、母親も少しは安心できるだろう。では、なぜそれができないか。それは効果的な学習方法をみんな誤解してるから。例えば、難しいことをやらせれば難しいことができると思っている。 — 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
そこを努力と根性でやればできるはずと思っている。なぜなら、わずかに成功した特異な事例がもてはやされるから。そして、それがモデルになってしまうから。普通にうまく行った事例は、話題にならず、埋もれてしまう。基本の習熟が不十分なのに、応用なんて無理というのはわかるのはみんなわかる。
— (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
でも、わが子にはついその応用ができている風景を見たいから、応用に挑戦させてしまう。でもそれは仕方ないと思う。だって、学校の教科書も今はその路線で基礎の記述はほどほどに、思考問題とやらが満載になっているもの。そして、その負担は学校で消化できなくなり、採点は家庭、指導は塾となっている — 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2
採点してると私でも、間違いの多いテストの採点はすごく疲れるし、気持ちも荒れる。すると今度は指導自体が感情的になるというループにはまり込むようになる。だから、保護者に採点させるというのはまずいと私は思う。でも、教師もいじめもなく、基礎は教えて、かつ考える力をと言われてもそれは困難。
— 陰山英男 (@Kageyama_hideo) 2015, 9月 2